不登校

学校に行きたくない理由と親に言えない学校の嫌な事リストと対策

4月も半ばを過ぎ、入園、入学、新学期、進級などでバタバタの時期ですね。
中にはなかなか学校に馴染めなくて毎朝つらいというお子さんもいらっしゃると思います。

なんとか通っていくうちに慣れるのか、それともこのまま学校嫌いになってしまうのか、親としては気が気じゃない時期ですよね。

学校などの集団生活に合わない子の中にはHSC「ひといちばい敏感な子」に該当する子がいるかもしれません。HSCチェックリストはこちら

この記事では学校を嫌がるHSCのような敏感な子の心境と、どんなことが嫌なのか、どう接してあげれば良いのかをまとめてみました。

学校は大変な場所

「学校生活は嫌な時もあったけどストレスというほどではなかった」、「そういうものだからと思って通っていた」という人から見たら、学校を嫌がる子が「甘えてる」とか「根性がない」と映ってしまうかもしれません。

でも人それぞれ味覚が違うように、大多数の子ができていることでも「つらすぎてできない」と感じる子もいるのです。

私から見たら、学校はとても大変な場所です。子どもの頃は学校に行かなくてもいい大人が羨ましすぎて、家庭ではつい親に当たってしまうこともありました。

子どもには選択肢がない

大人だって大変な仕事をしています。時には理不尽なこともあるし無駄に思える作業もしなければならないし、我慢することは多いです。

でも基本的に、大人は自分の所属する場所を自分で選ぶことができます。自分で選んだ仕事、自分で選んだ会社で苦労するのはある程度許容できます。なんなら転職を考える自由もあります。

でも子どもは自分の居場所を自分で決められないのです。将来を見る力もまだなく今を生きている子どもは、ただただつらい毎日がこれからも続いていくものだと思っているのです。

この「選択肢がない」というのは、敏感な子にとって想像以上に絶望的なことです。

他の子には分かってもらえない

例えば私は、クラスで親睦を深めるために行う「レクリエーション」が苦手でした。
まだ会って数日しか経っていない名前もうろ覚えの子たちと強制的に「仲良くなる」ことを求められるのがつらかったのです。

仲良くしたくないというわけではなく、仲良くなる相手やタイミングを自分で決めさせてもらえないのが気持ち悪いと感じていました。

そして人に注目されるのも苦手な子にとって、ゲームなどで勝ったり負けたりしてクラスのみんなに注目されるのもつらいことです。

でもこれを先生や友達に言ったところで「考えすぎ」「ただ楽しめばいい」と言われるであろうことも分かっています。
うわべでは楽しんでいる風に見せても、心の中は孤独感でいっぱいでした。

学校を嫌がるお子さんは、もしかしたら心の中でこうした小さな違和感や気持ち悪さが積み重なっているのかもしれません。
そして子どもはそれを上手く言葉で伝えることができません。

そのため「なんか嫌だ、行きたくない、お腹が痛い気がする・・・」となっていきます。

学校が嫌だった理由

個人的な一例に過ぎませんが、私が学校生活で嫌だと感じていたことを具体的に挙げてみます。

これを言葉にできるようになったのは大人になってからです。
「嫌だ」としか言えなかった背景にはこんな小さな(と思える)ことが積み重なっていました。

寒い・暑い

これは新年度からそうです。温かくなってきたとはいえ、結構な薄着で体育館に集合させられることが多いのです。
当時は半そでの体操着で校庭での体育の授業があり、寒さに弱い私はずっと泣きそうになっていました。
「なぜ服装まで他の人に決められなければならないのだろう」と感じていました。

夏は言うまでもなく、暖房を効かせているのかと思うほどの暑さです。
つまり快適な場所ではないので、敏感な子は普通の子に比べて激しく消耗します。

「二人一組になって」が嫌い

結構気軽に先生が言う「誰とでもいいから二人一組になって」というのが嫌でした。

仲の良い子がいたとしても、相手が自分と組みたいかどうか分からない。いつも3人で仲良くしている場合、一人あぶれてしまって気まずい。
さらにクラスの人数が奇数の場合必ず一人余ることになり、その子の気持ちを考えると胸が痛くてつらい。

その日は一人余ってしまった子に意識的に近づいて遊ぶようにしていたことを思い出します。でも私が話しかけるとかえってその子は迷惑かも?とかいろいろ考えて疲れました。

先生の怒る声がこわい

これはHSCあるあるのようです。たとえ自分に向けられた言葉でなくても、だれかが怒られているのを見聞きするのがストレスです。怒鳴り声だったらなおさらです。無条件に体が硬直して、何も考えられなくなってしまいます。

先生によってはクラスへの教訓(?)として、一人の子を見せしめのように叱ることもあります。私はこれがたまらなく嫌でした。

他の人との感情の壁が薄く、叱られている当人と自分を重ね合わせてしまって、まるで自分が叱られているかのように感じるのです。

理由が説明されない事が多い

HSCは深く考えて処理をしようと頑張る傾向があります。
このやり方にどんな意味があるのか
なぜこれをしなければならないのか

納得してからでなければ何もやりたくないのです。

でも学校はそれがいつも許されるわけではありません。集団で何かを行なうために、詳しい説明を省かれることもよくあります。
理由も分からずみんなと同じ何かを言ったりやったりするのは、HSCにとってかなりのストレスになります。

子どもであっても自分を尊重して一人の人間として扱ってほしいと心の中では求めています。子どものうちはそれを言語化できないので、しょっちゅうイライラしたり悲しくなったり、無力感にさいなまれます。

競争が多い

ゲームをするにも、体育の授業でも、合唱コンクールや運動会のような行事でも、だいたい順位をつけて競争させて子どもたちをやる気にさせます。
基本的には争いを好まない子にとって、これは心理的負担になります。

休み時間の過ごし方が不自由

これは学校や担任の先生にもよりますが、雨が降っていない限り休み時間は外で遊ばせたがる先生がいました。
明言しないまでも、外で遊ぶ子を褒めることによって暗にプレッシャーをかけられたりします。

私は室内で本でも読んで過ごしたいのに、そうもいかない時もありました。休み時間くらい好きに過ごさせて~!

人間関係が複雑

クラスの人間関係って、とても複雑です。何がきっかけで誰に嫌われるか分かりません。その気はなくても傷つけていたりその逆もあります。

大人と違って子どもは純粋な分、ストレートで遠慮もなく相手を傷つけることを平気で言うこともあります。
エスカレートするといじめになるのでしょうが、いつエスカレートするか分からない不安定な状態です。

例えば私の例ですが・・・

クラスに「笠井さん」という名前の女の子がいました。その子はほぼ全員から「かさこ」というあだ名で呼ばれていました。
私と笠井さんは親しい友達というわけではなかったのですが、ある時席が近くになり話すようになりました。
私は少し迷いましたが「かさこ」と呼んでもいいか聞いてみました。笠井さんは黙ってどこかへ行ってしまいました。

そして笠井さんは、自分の親しい友達のところに行って「親しくもないのにかさこって呼んでもいいか聞かれた・・・」と言って泣いていました。

ちょっとメンタル大丈夫?笠井さ~ん!!

今ならそう思えるこの状況も、当時は「私が距離感を間違えたせいで笠井さんを泣かせてしまった」としか思えず(いや実際そうなんだけど)、ずっとドキドキした心臓を抱えたまま学校に行かなければなりませんでした。

私がいけなかったのかな?私みんなにいじめられるのかな?みんな私のこと嫌いなのかな?

敏感な子はとても気を遣って、嫌われないように、傷つけないように、なんとか自分がつらい目に合わないように、できれば他の子もいじめられないように・・・とまあ無意識にいろいろ考えています。

それでも「笠井さん事件」のようなことは起きてしまいます。当時は自分を責めすぎて、親にも相談できませんでした。

学校嫌だ、早く卒業させてほしい!!ただただそれを望んでいました。

子どもは気持ちを言語化しにくい

私が個人的に学校が嫌だった理由をいくつか挙げてみました。
今「学校が嫌だ」と言っているお子さんと、もしかしたら同じ部分もあるかもしれませんし、まったく違う他の何かが嫌なのかもしれません。

どちらにしても大切なことは子どもは自分の気持ちをすべて言葉にできるわけではないということです。

言葉にするには語彙力はもちろん、自分の気持ちの細部に気づいている必要があります。それはある程度の年齢にならないと難しいことです。

さらに自由に気持ちを言える環境や雰囲気がどうしても必要です。
私の親は理解があり、何を言っても怒らないという確信はありました。

それでも話せないことの方が多かったのです。

大好きな親をがっかりさせたくない、忙しそうだからいいや、話したってどうしようもないんだし・・・

でも確実にストレスはかかっているので、家に帰るとイライラして親にあたってしまいました。なぜ子どもがそんなにイライラしているのか分からない親は、とても大変だったと思います。

私が感謝しているのは、そんなイライラ棒のような私を叱らないでくれたことです。
家で態度の悪い自分を、自分でも「だめだよな…」と思ってはいましたが、どうしようもなかったのです。

イライラしてぶっきらぼうな口を利いても、母が「疲れてるんだね、大変だったんだね、お疲れ様」と言い続けてくれて、寝る時は布団をかけてくれたことが嬉しくて仕方ありませんでした。

イライラできる場所がある子、安心して負の感情を出せる場所がある子、そこが家庭である子というのは、とても恵まれていると思います。

ストレスでいっぱいになり、朝になるとどうしてもお腹が痛くて外に出たくない時もありました。
原因を聞かずに休ませてくれたことも感謝しています。

頑張れば行けた時ももちろんありましたが、体と心が行きたくないと言う時は素直にその声に従った方がいいと言ってくれた母に、心から感謝しています。

長い目で見れば心配のない子

この記事を最後まで読んでくださったということは、もしかしたらお子さんが「学校に行きたくない・合わない」と感じている方かもしれません。

きっとお子さんは、親の見えないところでたくさんのことを考えて経験してストレスを抱えているのだと思います。感受性の豊かな子にとって、それだけ学校は大変なところだからです。

でも多くの子が感じない疑問を持ち、一般的な子が考えないことまで考え、自分を尊厳を持って扱ってほしいと思え、それがかなわない場所に身を置くことに強い疑問を持てると言うのはとても素晴らしいことです。

長い目でみたら心配のない子です。そんなお子さんを誇りに思っていいと私は思います。

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