HSCの生活

HSCはなぜ学校に行きたくないの?私が義務教育を乗り切った方法

学校に楽しく通ってくれる。

親としてはそれだけで十分、と思いますよね。

でも学校に楽しく通えるというのは、ある意味普通のようでそうではありません。

周りの人に少しインタビューしただけで「学校嫌いだった」という人は意外といます。

みんながやっている「学校に行く」ということが相当なストレスになっている子だっているのです。

物事をより深く感じ取り、少しのことに気づいて動揺し、周りの子どもたちの言葉や態度を深読みしてドキドキしてしまう子もいます。

お子さんがHSCかどうかは、我が子がHSC「ひといちばい敏感な子」かどうかを知るための、23のチェックリストをご覧ください。

うちの娘もこのタイプで、育てる親も育てられる娘も毎日必死です。

一人っ子なのにぜんぜん余裕がありません。

「あぁ、敏感な子の子育てって大変!!」なんて毎日思っていますが、実は私自身もHSCでした。

子ども時代はとにかく必死で、テレビを観るだけで疲れたりするし、刺激が強すぎる学校には行かなきゃいけないし、なんでこんなに毎日疲れる日常ばかり繰り返さなきゃいけないんだろう?と思っていました。

社畜のコメントですよね。小学生とは思えない。

そうなんです、HSCの子育ては育てる親はもちろん大変ですが、育てられる子どもはもっと大変です。

今回は、私の子ども時代のエピソードを紹介しています。

嫌で嫌でしょうがなかった学校をどうやってやり過ごしたかを、振り返ってみました。

幼稚園中退

別の記事にも書きましたが、敏感な私はまず幼稚園でつまずきます。

普通の子だって、いきなりお母さんと離れるわけですから最初は嫌がりますよね。

でも時経つうちに慣れるのが一般的です。

しかし私は1年経っても慣れませんでした。

というより義務教育の9年間、ついに学校に心から慣れることはありませんでした!

幼稚園時代はあまりにも泣き止まない私を見て、幼稚園の先生が内心では怒ったり呆れたりしていることにも、ちゃんと気づいていました。

行く意味が分からない

私の場合、何のために大好きなお母さんと離れ、それだけでなくこんなに人の多い怖い場所に放り込まれるのか、理由が分からなかったのです。

普通は理由なんて考えずに「幼稚園は行くものだから」とか、「お友達も行ってるから」「楽しいから」と言えば、通えるものだと思います。

でも中には、それではとても納得できない幼児だっているのです。

数年後に通うであろう小学校に備えるため?

子どもは常に「今」を生きていますから、その説明でも当時の私は納得できなかったでしょう。

母親のあっさり感に救われた

なかなかできないことだと思いますが、「幼稚園に行かなくてもいいよ」と母親の方から言ってくれました。

これには今でもとても感謝しています。

HSCは本能的に親にも気を遣うので、自分から幼稚園をやめたいとはなかなか言い出せないからです。

立場の弱い幼児期ほど、子どもの気持ちを親が代弁してあげるって大事だなと思います。

それだけで40年後も子どもに感謝され続けるなら、割に合うと思いませんか?

敏感な子は普通以上に手がかかり、より頭を使った子育てをしなければならないので、本当に疲れることが多いです。

でもそれをするだけで将来のお子さんは、このようなブログ記事で親に感謝するかもしれません。

小学生はつらいよ

幼稚園はあっさりやめましたが、さらなる試練は小学校でした。

なんといっても義務教育。

義務教育って言葉、HSCには重いです。

集団行動が苦手

なんでもかんでもみんな一緒ですよね~、学校って!!

声を合わせての挨拶とかも、気持ち悪かったくらいです。

「みんな友達」「みんな仲良く」なんて、大人でも無理なことを、平気で小さい子どもにさせようとしますからね、学校というところは。

クラスに気が合う子もいれば、合わない子がいたっていいじゃない。

現実はそうだけど、子どもにはとりあえず理想を教えたい・・・

HSCはそんな大人の矛盾点を直感的に見抜き、学校がストレスになっていくのです。

先生が怖い

私の場合は1年生の頃の担任の先生がすこぶる怖くて、特に苦手な算数の授業で軽く怒られるという経験をしてから(まだ分からないの?的なことを言われただけですが)、算数の授業がある日は朝からお腹が痛くなりました。

1年生の頃は授業日数の半分以上は、学校を休んでいた感覚があります。

でもHSCは先生しだいで、楽しく学校に通える子もいます。

子どもの気持ちを理解しようとしてくれる先生だと、救われます。

大きな声の男子が怖い

無駄に大きな声で何かを叫んだりする男子って、クラスに必ずいますよね。

大人になった今では、「子どもらしくて元気でいいな」なんて思えますが、当時は本当に怖くて、いちいちびっくりしていました。

それに対する先生の怒鳴り声も苦痛でしかありませんでした。

『大きな声には大きな声で制裁を!!』とか決められているんですかね(+o+)

けんかやいじめを見るのが怖い

これはHSCあるあるではないかと思います。

人間の汚い部分は必要以上に心に深く入ってきてしまうので、見ないようにしていてもチラッと見えただけで傷になります。

特にだれかがいじめられているのを見るのは、自分がいじめられる以上につらい時があります。

HSCの共感力が表れる、典型的な分野です。

体育が嫌い

これは私の場合です。体育が好きなHSCもいると思います。

競争が苦手な平和主義者なので、チーム対抗〇〇とかはかなり苦手でした。

だいたいの球技はそういう傾向がありますよね。

まず集団行動が苦手なのに、どちらかのチームに入らなければいけない。

相手に共感してしまい、ボールを力尽くで奪ったりするなんてかわいそう過ぎてとてもできない。

結果、できなくて同じチームの人から疎まれる。

体育なんて大っ嫌い。

そんな流れです。

チーム競技ではない種目、跳び箱、縄跳び、幅跳び、持久走、などはむしろ大好きで、陸上部に入って個人種目のハードルを黙々とやっていた時期もありました。

人は関係ない、自分との闘いみたいな競技は好きでした。

持久走は好きだけど、チームが関係する駅伝は大嫌いでした。

40歳になった今でも、お正月にみんながテレビで盛り上がる駅伝は、とても胸が痛くなるので苦手です。

想像力で乗り切る

こんなに毎日毎日嫌なことばかりの学校に、よく行ってたな・・・と自分で思うことがあります。

今思えば、なんなら学校に行かなくてもちゃんと大人になれたし、社会生活はできたと思います。

でも日本って学校に行かないことを大ごとに見る文化なので、行かないと決める勇気がなかっただけだと思います。

信念を持って「学校に行かない」決断をされる親やお子さんには、本当に頭が下がります。

そんな勇気がなかった私が、学校生活をなんとか乗り切れたのは、友達の存在でも先生の存在でも親のプレッシャーでもありません。

想像力でした。

小学生の想像力ですから、たいしたものではありませんが、これが私を支えてくれました。

クラスはうるさいし、学校行事は競争ばかりでうんざりだし、先生は定期的に激怒してるけど、きっとここは私がいつか遠い国のプリンセスになるための入り口なんだ

このうるさい人たちに染まらなければ、私はお姫様になって誰も知らない素敵な国へ行けるんだ

当時は、遠い国のお城の絵ばかり描いていましたし、お城を舞台にした小説を書いたりしました。

つまり、ディズニー映画の観すぎですね、はい。影響受けすぎです。

他にも、有名なピアニストになって世界中にリサイタルへ行くので、もう学校に通わなくてもよくなる日のことを、ほわわわ~んと妄想して現実から逃げていました。(ちなみにピアノは習っていませんでした。爆)

中学校では悟りを開く

この頃にはもう「自分はみんなと違う」ということをしっかり認識していました。

でも「むしろ違う方がいい」とどこかで自己肯定をしていたので、深く思い悩まなくなりました。

これは小さいころから、幼稚園の件をはじめ、私の気持ちを尊重して何事も強制しなかった親のおかげだと思っています。

みんながこの思春期に自分と向き合い、初めて人生って大変かもと気づく中学生の時にはもう、悩む時期はとっくに過ぎていたのです。

小学生で散々つらい気持ちを味わい、自分がみんなと感じ方が違うことも悩みながら受け入れてきたので、みんながとても幼く見えました。

この感覚こそが「誰も知らない素敵な国」なのかもしれない、なんて臭いことを考えていた私は、ディズニー映画の影響からはまだ抜けていなかったのでしょうね(*’▽’)

好きなことが見つかる

HSCはつらいときに、自分を慰める何かを持っていると強いです。

芸術の分野で優れた能力を持っている子も多いと聞きます。

私は残念ながら秀でた能力はありませんでしたが、音楽がとても好きになりました。

それも人の感情を豊かに表現したクラシックやオペラにはまりました。

初めて親に買ってもらったCDは「ショパンピアノ名曲集」でした。

当時クラスの子たちがはまっていた米米CLUBや、サザンオールスターズなどを押しのけて、私のヒット曲はショパンのピアノ協奏曲でした。

妄想力で別次元に生きる

中学生になると、想像力というより妄想力としか言いようのない無茶苦茶な設定の中に自分を置いて、先生の怒鳴り声をかき消していました。

これがなければ、私は学校に行っていなかったと思います。

授業だけはちゃんと聞き、ほかの時間は気持ちの中で『遠い国』に行っていました。

想像力(妄想力)には本当に助けられたので、今HSCの娘を育てるにあたり、この想像力が少しでも見られたら心から褒めて、面白い発想ができたことを褒めるようにしています。

人より苦労したけどよかったこと

一時期「鈍感力」という言葉が流行りましたよね。

いちいち物事に動じない強さは羨ましくもあり、大切な資質だと思います。

でももともと敏感気質の人が、無理やり鈍感力を身につけるのは無理があります。

それに私は、敏感って素敵なことだと思います。

HSC、HSPが大好きです。

落ち着いた環境で、しっとりとした深い話ができます。

小さいころから何かと苦労しているし、共感力があり優しいので、慰められたい時や寄り添ってほしい時には、HSPの友人がいてよかったと感じます。

みんなと違う、同じようにできない、文句が多い、怖がりなど、マイナス面に光を当てると「HSCって大変!」と感じますが、特に大人になると長所の方が多いと私は思います。

社会人生活が楽

さて義務教育の9年間がやっと終わった私は、迷うことなく通信制の高校に進学しました。

学校の授業は月に一回のみ、あとは自宅で学習してレポートを定期的に提出して単位を取ります。

それ以外の時間は、大好きな英語の勉強に打ち込んだり、アルバイトをしたりしました。

初めて社会で働いた感想は「学校より社会の方が楽」というものでした。

高校を卒業してからは、いわゆるブラックな職場で派遣社員として働いた経験もありますが、学校と違って「いつでも辞められる」って素晴らしいことだ!と思っていました。

大人は基本、自分の意志で自分の所属する場所を選べます。

しかし子どもはそうではありません。

この違いは、本当に大きいです。

だから敏感な子が学校に行かなくなったとしても、私は驚きません。

自分で自分のいる場所を選ぶ権利は、子どもにだってあるはずだと思うからです。

ホームスクーリングがあったら!

大人になってからは、小さいころから妄想していた『遠い国』に行きたいと思うようになりました。

自分のお金で自由にどこへでも行ける解放感ったらありません。

ずっと行きたかったカナダに1年近く住み、仕事もしました。

その時に、学校に通わずホームスクーリングで学んだ人にたくさん出会いました。

学校の立地の問題、家庭の方針、本人の希望など、学校に行かなかった理由はそれぞれでしたが、どの人も例外なく常識があり、優しくて、個性的で、一緒にいて楽しい人たちでした。

日本にはまだ、公式なホームスクーリングはないようですが、こんな制度があったら気持ちが楽になる子どもたちが多いのにな・・・と強く思いました。

彼らを見ていて「学校って何だったんだろう?」と考えました。

社畜や軍人には向かないかもしれませんが、のびのびとしていて気持ちのよい幸せそうな人たちだったからです。

最後に

こんな個人的な身の上話のような記事をここまで読んでくださり、ありがとうございます。

心が疲れやすい、敏感ゆえに学校がつらいというお子様やそのご家族へ、少しでも元気になってほしいと思い書きました。

学校に行かれないと、子どもは親や学校の期待に応えられないと感じてイライラしたり、自己嫌悪になったりするかもしれません。

親は、これからちゃんと自分の力で生きていけるか?社会に出たらどうするの?など、先のことが心配になるかもしれません。

大丈夫です!

お子さんはたぶん性質上、大企業の社畜にはなれないと思いますが、幸せにはなれます。

苦痛や悩みを人より強く感じる分、幸せも人より強く感じられるからです。

子どもの頃に親が自分を尊重してくれて、「あなたは大丈夫」と言ってくれた経験は一生忘れません。

未来のあなたのお子さんを代弁して、私が今先走って言います。

あの時心配させたと思うけど、今とても幸せ。お母さん、信じ続けてくれてありがとう!今でも感謝してるよ。