子育て全般

子育てママの孤独感が、外国に住んだ時の孤独感に似ていると思う理由

子育て中の孤独感に悩むママは、本当に多いと思います。

出産前も一人でいる時間はたくさんあったのに特に孤独感なんて感じなかったけど、今は赤ちゃんと二人の時間がなぜか孤独に感じるのです。

もちろん我が子が可愛いことに変わりはありません。
この子が生まれてきてくれて本当によかったと心から思っているのに、どうしてこんなに孤独でつらい気持ちになるんだろう・・・。

コミュニケーションがとれない

子育て中の孤独感は、独身の時にワーキングホリデービザを持って一定期間英語圏に住み、働いた時の感情をよく思い出します。

もちろん英語は多少話せる状態で(だと思って)行きました。

日本人の中にいれば、「あなた結構話せるのね」というレベルで、若さも手伝って「行けば何とかなる!」と思っていました。

もちろん何とかなるんです。というより何とかする以外の選択肢がないので、生きるためにやけっぱちでも頑張るのです。子育てと同じように・・・

仕事は販売業でした。

早口に難しい単語を多用するおじさん客。
何言っているのか見当もつかないけれど、なんか怒ってることはわかる!
だって顔を真っ赤にして大声で怒鳴っているし、テーブルをばんばん叩いているから!
でもこの人どうしたら静まってくれるんだろう?
せめて怒っている理由さえわかれば手が打てるのに分からない。子育てと同じように・・・

同じ年くらいの友人5人にお茶に誘われて、みんなで喫茶店でおしゃべりして楽しい・・・はずなんだけど・・・。
あれ? この子達、私と一対一で話す時はよく聞き取れる英語を話すのに、複数になったとたん全く別言語であるかのように、内容にもスピードにもついていけない。
どうしよう、まったく分からない。わたしにも話を振ってくるけど、何を言えば正解なのか分からない。
仕方なく、たぶんこういうことだろう、と思って答えたけど場違いだったみたいで、みんな怪訝そうな表情になっちゃった。もう帰りたい。みんなでティータイムなんて、私にはハードルが高すぎたんだ。子育てと同じように・・・

このように、言葉が通じず意思の疎通が難しい相手と一緒にいると、本当に孤独を感じます。

赤ちゃんは表情や泣くことによって意思表示をしてくれますが、何を要求しているのか100%理解することはなかなかできません。

何をしても泣きやまないと、途方に暮れてこちらが泣きたくなります。

それによって孤独感だけならまだしも、イライラしたり、自己肯定感まで低くなりがちです。

報酬の少なさ

赤ちゃんを育てることは「言葉での意思疎通はできないけれど、相手の真意を忖度して行動し、その行動が正解かどうかも分からない仕事」のように思います。

こんなに気を遣う難しい仕事なのに、誰かに褒められることはあまりなく、天使のような寝顔や、あやし方が正解だった時に見せてくれる笑顔だけを報酬に、24時間勤務する労働体系なのです。

この可愛い寝顔や笑顔が、苦労を帳消しにすることは確かかもしれません。

でも子どもはそれだけではありません。機嫌が悪く、泣いてばかり怒ってばかりの日もあります。

食事もゆっくり食べられず、お風呂に入っていても赤ちゃんのことが気になり、睡眠も十分に摂れない日々が続くと、ただでさえ孤独な子育てが耐え難いほどつらく感じてしまいます。

どんなに大変でも大切な我が子ですから、お世話をやめるわけにはいきません。

さらに「この子をきちんと(できれば立派に)育てなければ!」という責任だけは、重圧として疲れた体に重く重くのしかかってきます。

「思っていたのと違う!こんなこと、誰も教えてくれなかった!もしかして私だけ?」と思い、周りのママ友を見渡せば、みんなが幸せそうに子育てをしているように見えます。

余裕もあるように見え、友人の赤ちゃんは我が子よりもすくすく育っているように見えます。

他のママと自分を比較してしまう時

さて、前述した外国人の友人5人とおしゃべりをして、孤独感や疎外感を感じていた私は、ついに耐え切れず途中で「ちょっと疲れたから先に帰るね」と言い、その場を去りました。

一人で店を出ると、ものすごい開放感を感じました。子育てと同じように・・・

すると同じ店内の違う席にいたという日本人の友人に話しかけられました。

友人:「すごいね~!あの子たちとずっと会話してたでしょ?私聞いてたもん。やっぱ英語できるんだね!いいなぁ、私なんか全然だよ・・・」

私:「えへへ、すごいでしょ・・・んなわけないわ!!」

私はちんぷんかんぷんでとんちんかんな時間を過ごしていたにもかかわらず、さらに疎外感と孤独感と恥ずかしさを感じて逃げるようにその場を去ったにもかかわらず、見かけは笑顔で楽しそうに英語で会話していたのです。

とんだ茶番です。

友人はそんな私と自分を比べて落ち込むという、とんちんかんなことをしていたわけです。

皮肉かと思いましたが、その友人は本気であこがれのまなざしで私を見てきたのです。

たぶんそういうことって子育てにもあるのではないかと思います。

どんなに余裕があるキラキラしたママに見えていても、よ~く聞いてみると、心のなかでは我が子に対する心配や焦りや怒り、人には言えない夫婦の問題などを抱えていたりするものです。

「私は余裕がないのに比べてあのママはすごいなぁ」と思っていても、あちらからは私が余裕のあるキラキラママに見えているのかもしれないと思うようになりました。

最後に

前述の英語圏での出来事の続きですが、たとえ疎外感や恥ずかしさを感じても英語を使わざるを得ない環境にいた私は、その半年後には複数の友人との会話にもなんとか混ざれるようになりました。

猛烈に勉強したからではありません。ただ毎日毎日聞いて喋るという環境にいたために、耳と頭が英語に慣れたというだけのことです。

さらに言えば、友人達もわたしの英語の癖に慣れ、お互いに相手を理解できるようになったことも大きな要因だったと思います。

自分の子どもは無条件で可愛いです。

でも自分とは違う人格を持つ一人の人間なので、分からないことやイライラすることも多いし、人と比べてがっかりしたり恥ずかしい気持ちになったり、親としての自信を失ったりしてしまいます。

でもこれからゆっくり時間をかけて我が子のことを知り、毎日毎日接していればきっとお互いに慣れていき、上手にコミュニケーションがとれるようになり、孤独感も薄らいでいくのだろうと思います。

明るくて育児を楽しんでいてキラキラしているように見えるあのママ友は、実は私のこともキラキラに見えているのかもしれないという視点を忘れないようにしていると、人と比べてストレスを感じることも少なくなりそうです。

今子育てで孤独感を感じているママも、言葉の通じる家族や友人と思いっきり会話したり、一人になれる時間を作ったりして、一時的にでも子どもではなく自分のための時間を持てるといいですね。

そうやって力を得たら、まだ日本語を話せなくて時々怪獣に思える、小さいけど存在感抜群の世界一可愛い子との毎日を、少しでも楽しくやっていけますように。